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生物と無生物のあいだ
2010/08/10/Tuesday
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書) 福岡 伸一 講談社 2007-05-18 |
先日、ある技術セミナーに参加した際に、パネリストとして登壇されていた分子生物学者の福岡伸一・青山学院大学教授が面白い人だったので、その著書を読んでみることにした。
福岡教授は、生命の姿について以下のように述べている。
生物が生きている限り、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。
肉体というものについて私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子レベルではその実感は全く担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。断食した場合、外部からの「入り」がなくなるものの、「出」は継続される。身体はできるだけその損失を食い止めようとするが「流れ」の掟に背くことはできない。私たちの体のタンパク質は徐々に失われていってしまう。したがって飢餓による生命の危機は、エネルギー不足のファクターよりもタンパク質欠乏によるファクターの方が大きいのである。エネルギーは体脂肪として蓄積でき、ある程度の飢餓に備えうるが、タンパク質はためることができない。シェーンハイマーは言っている。《生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である》
生命とは動的平衡にある流れである。生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される。それは生命がその秩序を維持するための唯一の方法であった。しかし、なぜ生命は絶え間なく壊され続けながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。その答えはタンパク質のかたちが体現している相補性にある。生命は、その内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられており、その相補性によって、絶え間のない流れの中で、動的な平衡状態を保ちえているのである。
よく私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。
これには正直驚きました。日々生まれ変わっていく姿がよく見える皮膚や髪の毛、爪などは想像できても、脳や心臓含め、自分の身体すべてが日々、流れの中にあって、常に変化し、動的平衡を保持しているとは、まったくイメージできていませんでした。
さまざまな分子、すなわち生命現象をつかさどるミクロなジグソーピースは、ある特定の場所に、特定のタイミングを見計らって作り出される。そこでは新たに作り出されたピースとの間に、形の相補性に基づいた相互作用が生まれる。その相互作用は常に離合と集散を繰り返しつつネットワークを広げ、動的な平衡状態を導き出す。一定の動的平衡状態が完成すると、そのことがシグナルとなって次の動的平衡状態へのステージが開始される。
この途上の、ある場所とあるタイミングで作り出されるはずのピースが一種類、出現しなければどのような事態が起こるだろうか。動的な平衡状態は、その欠落をできるだけ埋めるようにその平衡点を移動し、調節を行おうとするだろう。そのような緩衝能が、動的システムの本質だからである。平衡は、その要素があれば、それを閉じる方向に移動し、過剰があればそれを吸収する方向に移動する。
通常、ジグソーピースがなくなれば、その欠落状態がずっとそのまま続くと思いがちだが、生命という動的システムでは、平衡という基準に基づいて、自由自在・臨機応変に対応し、その穴を埋めていく。まったくもって神秘としかいいようがない。
生命現象もすべては物理の法則に帰順するのであれば、生命を構成する原始もまた絶え間のないランダムな熱運動(ここに挙げたブラウン運動や拡散)から免れることはできない。つまり細胞の内部は常に揺れ動いていることになる。それにもかかわらず、生命は秩序を構成している。その大前提として、"われわれの身体は原始にくらべてずっと大きくなければならない"というのである。平均から離れてこのような例外的なふるまいをする粒子の頻度は、平方根の法則(ルートnの法則)と呼ばれるものにしたがう。つまり、百個の粒子があれば、そのうちおよそルート100、すなわち十個程度の粒子は、平均から外れたふるまいをしていることが見出される。これは純粋に統計学から導かれることである。
では、生命体が百万個の原始から構成されているとすればどうだろうか。平均から外れる粒子数はルート100万、すなわち1000となる。すると誤差率は、1000÷100万=0.1%となり、格段に下がる。実際の生命現象では、百万どころかその何億倍もの原子と分子が参画している。
生命体が、原子ひとつに比べてずっと大きい物理学上の理由がここにあるとシュレーディンガーは指摘したのである。
中学生か高校生の頃に、同じような疑問をいただいたことがあって、当時はネットがなく、専門書を調べる能力・気力もなかったため、そのままに残っていたが、この話しを読んで、大きく頷いた。
ただ、「平方根の法則」については自分の中ではまだ「なぜ?」という気持ちがあるので、これから調べてみようと思います。
生きている生命は絶えずエントロピーを増大させつつある。つまり、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいていく傾向がある。生物がこのような状態に陥らないようにする、すなわち生き続けていくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。実際、生物は常に負のエントロピーを“食べる”ことによって生きている。
生きること、死ぬこと、食べること、の生物学的な意味がよくわかる説明です。
なぜ、生物は食べ続けなければならないのか、というのは、やはり幼い頃に抱いたことのある疑問のひとつでしたが、今回、解決しました。
機械には時間がない。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。
生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折り畳まれ、一度折り畳んだら二度と開く事のできないものとして生物はある。生命はどのようなものかと問われれば、そう答えることができる。
動的平衡である生物には、不可逆な時間の流れがあり、一度折りたたんだら二度と解くことはできない。
機械論への反論です。このあたりはいろいろと議論があるようなのですが、私は福岡教授の考え方に賛成です。
生命とは何か、生物とは何か、を理解できるような感じがします。
総じて、この本は読んでよかったです。久しぶりに刺激的な本に出会えた感じがします。
みなさんもぜひ読んでみてください。
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