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弁理士、1級知的財産管理技能士であるGolferPAが、弁理士試験、知的財産管理技能検定試験の合格を目指す方々にとって有益な情報をご提供します。新司法試験の論文式試験(選択科目:知的財産法)を受験される法科大学院の方々にもお役に立てると思います。また、知財・弁理士の実務関連についても情報展開していきます。更に、ちょっとした書評もお伝えします。
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大人げない大人になれ!
大人げない大人になれ!
大人げない大人になれ! 成毛 眞

ダイヤモンド社 2009-11-20
売り上げランキング : 1767

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絶対ブレない「軸」のつくり方 その科学が成功を決める 影響力の武器 実践編―「イエス!」を引き出す50の秘訣 実践! 多読術  本は「組み合わせ」で読みこなせ (角川oneテーマ21) スイッチ!

マイクロソフト・ジャパン元社長の成毛眞さんの著書。
 
大人な人が大人げない大人になれ、ではなくて、多かれ少なかれ誰もが持っている大人げない面を我慢することなくさらけ出せ、と言われていると感じた。
 
以下、気になった部分を引用していきます。
 
自分を最大限に活かしたいと考えるのであれば、夢中になれることを探すか、仕事自体を夢中になれるものに置き換えてしまうのがいい。
 
これには影響されます。
このままでいくと会社生活の半分にさしかかろうという今、自分がやるべき仕事って何だろうなんて考えているためです。
 
読書についての勘違いが二つある。一つは、本は始めから最後まで全て読まなければならない。もう一つは、読んだ内容は覚えていなければならないということ。子供の頃にこんなことを考えながら本を読んだ人はいないはずだ。
 
読書において重要なことは、本の内容を頭の中に入れることではない。大事なことは記憶することではなく、本を読むことで衝撃を受け、自分の内部に精神的な組み替えを発生させることだ。これは、単なる記憶以上に、自分の考えや行動に影響を及ぼすのである。本の内容を覚えているかどうかは大した問題ではない。
 
これも納得させられました。
長い間、弁理士試験の勉強をしていて、その関係の専門書等ばかりを読んでいた影響か、最近、読書していると、どうも、内容を覚えておかなくっちゃという強迫観念におそわれるときがあるので、この意見を読んで、心が救われました。
 
目標を設定することは無意味であるどころか、自らの可能性を捨ててしまうことに等しい。目標に縛られた人生は物悲しいのだ。
 
会社にいると、目標、目標と言われることが多く、そのため、自分が達成可能な目標にレベルを下げてしまい、大きな目標を持てなくなってる自分がいて、この意見を読むと、考え直さなくてはと感じました。
 
外国のエリート層と話していて恥をかくのは、自国の歴史や文化を知らなかった時だ。彼らはシェークスピアはもちろんのこと、ローマ史まで熟知している。日本人としては、源氏物語や歌舞伎についてだけでも語れるようにしておくといいだろう。
 
私も少なくとも自分の故郷の京都のことをもっと知って、語れるようになったほうがいいなと思いました。
 
言うまでもなく、人生は1回きりだ。そして、その人生は楽しむが勝ちである。つまるところ、私が自分の人生について成功だと言えるのは、一生を楽しみ尽したと確信できた時だけだ。死の瞬間、走馬灯のように一生のダイジェストを映画として眺めるとする。そのエンドロールで、「あー、楽しかった」とつぶやいて事切れることができれば、私の人生は大成功なのである。
 
このために、今、自分は何をすべきか、考えてみたいと思います。
 
それにしても、この方は、面白い方です。会って話しをしてみたいです。
 

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20歳のときに知っておきたかったこと
4484101017 20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義
ティナ・シーリグ Tina Seelig
阪急コミュニケーションズ 2010-03-10


0061735191 What I Wish I Knew When I Was 20: A Crash Course on Making Your Place in the World
Tina Seelig
HarperOne 2009-04-01


本書は、スタンフォード大学のティナ・シーリグ先生の起業家精神、イノベーション講座の内容が本になったもの。
 
以下、気になったフレーズについて挙げていきます。
 
『もっと成功したいのであれば、もっと失敗を受け入れなければいけません』
 
シンプルだけど、ずばり、いいところついていますよね。
やはり、失敗を恐れてはいけないんですよね。
 
『失敗したときの悪い面が多すぎて、個人がリスクに対して過敏になり、どんなリスクも取ろうとしない文化があります。こうした文化では、失敗が「恥」と結びついていて、若い頃から成功の確率が高い決まった道を歩くように教育されています。失敗したら恥をかくようなことには、挑戦しません。』
 
日本の教育、社会って、これにかなり近い気がするのは気のせいでしょうか。
日本の社会では、「恥」って、結構キーワードで、これがあるので、リスクをとることに一歩踏み出せないことも多々あるのではないでしょうか。
 
『従来の考え方に閉じこもり、ほかの可能性を排除するのは、信じがたいほど楽なものです。周りには、踏みならされた道にとどまり、塗り絵の線の内側にだけ色をつけ同じ方向に歩くように促す人たちが大勢います。』
 
これまた、日本の教育、社会、そして、大企業病などにも通ずる観方ではないでしょうか。
かくいう私もその世界にどっぷりつかってしまっていて抜け出せない状態にあるように思います。
 
『種明かしをすると、これまでの章のタイトルはすべて、「あなた自身に許可を与える」としてもよかったのです。わたしが伝えたかったのは、常識を疑う許可、世の中を新鮮な目で見る許可、実験する許可、失敗する許可、自分自身で進路を描く許可、そして自分自身の限界を試す許可を、あなた自身に与えてください、ということなのですから。じつはこれこそ、わたしが20歳のとき、あるいは30、40のときに知っていたかったことであり、50歳のいまも、たえず思い出さなくてはいけないことなのです。』
 
『この本の物語で伝えたかったのは、快適な場所から離れ、失敗することをいとわず、不可能なことなどないと呑んでかかり、輝くためにあらゆるチャンスを活かすようにすれば、限りない可能性が広がる、ということでした。』
 
「あなた自身に許可を与える」ということは、非常に衝撃的でした。自分に許可を与える、それは一体どういうことなんだろう。そして、自分に許可を与えることができたときの自分の中に湧き上がる解放感、それはこれまで得たことのないような感覚。
周囲に期待されていることがあり、それに応えることも重要であるが、ときには、自分に許可を与え、自由気ままに考えを深めることも重要かと。
 
 
以下、参考までに、目次です。
 
レッスン1
 第1章 スタンフォードの学生売ります
    自分の殻を破ろう
レッスン2
 第2章 常識破りのサーカス
    みんなの悩みをチャンスに変えろ
レッスン3
 第3章 ビキニを着るか、さもなくば死か
    ルールは破られるためにある
レッスン4
 第4章 財布を取り出してください
    機が熟すことなどない
レッスン5
 第5章 シリコンバレーの強さの秘密
    早く、何度も失敗せよ
レッスン6
 第6章 絶対いやだ! 工学なんて女がするもんだ
    無用なキャリア・アドバイス
レッスン7
 第7章 レモネードがヘリコプターに化ける
    幸運は自分で呼び込むもの
レッスン8
 第8章 矢の周りに的を描く
    自己流から脱け出そう
レッスン9
 第9章 これ、試験に出ますか?
    及第点ではなく最高を目指せ
レッスン10
 第10章 実験的な作品
    新しい目で世界を見つめてみよう
 

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フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
4140814047 フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
クリス・アンダーソン 小林弘人
日本放送出版協会 2009-11-21


仕事関係で必要なことと、自分の趣味の世界でも知っておきたいなと思い、話題の書を読んでみました。

「世界的ベストセラー『ロングテール』の著者が描く21世紀の経済モデル」、
「〈フリーミアム〉という新しいビジネスモデルを提唱し、ビット世界の無料経済に正面から取り組んだニューヨーク・タイムズ・ベストセラー」、
ワイアード誌編集長が放つ最新作です。
 
以下、気になった部分を引用し、コメントしていきます。
 
ブログは無料で通常は広告もないが、私たちがブログを訪問するたびに何かしらの価値が交換されている。コンテンツを無料とする代わりに、私たちがそのブログを訪問したり、そこにリンクを張れば、そのブロガーの評判が上がる。ブロガーはその評判を利用して良い仕事を得たり、ネットワークを広げたり、多くの顧客を見つけたりできる。ときとしてその評判はお金に代わることもあるが、色々な方法があるので、一概に言うことはできない。
 
最終的には生活のためにお金に代わることになる場合もあるが、お金がすべてではない。資本主義がはびこる前に基本的であった概念がこの背後にあるように思いました。
 
結果は皮肉なものだった。フリーはASCAP(米国作曲家作詞家出版社協会)が恐れたように音楽ビジネスを崩壊させることなく、反対に音楽産業を巨大で儲かるビジネスに変えた。 低品質の無料バージョン(低音質でいつ曲がかかるのかわからないラジオ)は、音質のよい有料バージョンを買ってもらうためのすぐれたマーケティング手法となり、ミュージシャンの収入は演奏からレコードの著作権使用料に移った。
 
この考え方はあると思うのですが、高音質なものが違法・無料で流れる社会でどうするのかは課題だと思います。
 
いくらであっても料金を請求することで、心理的障壁が生まれ、多くの人はわざわざその壁を乗り越えようとは思わない。それに対して、フリーは決断を早めて、試してみようかと思う人を増やす。 フリーは直接の収入を放棄する代わりに、広く潜在的顧客を探してくれるのだ。
 
消費者からすると、安いことと無料との間には大きな差がある。 ものをタダであげれば、バイラルマーケティングになるうる。 一セントでも請求すれば、それはまったく別で、苦労して顧客をかき集めるビジネスの一つになってしまう。 つまり、無料は一つの市場を形成し、いくらであろうと有料になると別の市場になるのだ。 多くの場合で、それがすばらしい市場とダメな市場の違いになる。
 
有料と無料との間にはだかる壁がめちゃくちゃ大きいものですね。
 
要するに、アイデアとは究極の潤沢な商品で、伝達のための限界費用はゼロなのだ。アイデアが生まれると、みずから広く遠くへと伝わることを望み、触れたものすべてを潤沢にする(社会でそのように広まる考えを「ミーム」と呼ぶ)。
 
知的財産はこの対象ですね。
 
だが同じ割合でも、ウィキペディアの訪問者の一パーセントがみずから項目を書こうとすれば、それはかつてないほど貴重な情報の倉庫になる(実際は、ウィキペディアの訪問者で投稿するのは約一万人に一人にすぎない)。多ければ多いほど差が出るとは、全体が大きければ小さな割合でも大きな影響を与えられることだ。だから、多いことはいいことなのだ。
 
すべてにこれが通用するかと言うと疑問に思う部分もありますが、おおよそ的を得ていると思います。
 
無料書籍のビジネスモデルの大半は、いろいろな形のフリーミアムにもとづいている。数章分を期間限定でダウンロードできる場合でも、印刷版とそっくりのPDFファイルでまるまる一冊を無期限で入手できる場合でも、デジタル形式にすることで、できるだけ多くの人に試しに読んでもらい、その中から買ってくれる人が現れることを期待する方法をとっている。
 
自分でもデジタル書籍の展開をしたいと考えているが、これらの方法論は参考になります。
 
オライリー・メディアの設立者のティム・オライリーが言うには、「作家の敵は著作権侵害ではなく、世に知られないでいること」なのだ。フリーはもっとも低コストでもっとも多くの人に作品を届けられる方法であり、試し読みが役目を果たすと、「上級」版を購入する人が出てくるだろう。本をアトムの形で持ちたいと望みつづけるかぎり、読者は紙の本に代金を支払いつづけるのだ。
 
これはかなり的を得ているように思います。素人アーティストとしては参考になります。
 
啓発された利己主義こそ、人間のもっとも強い力なのだ。人々が無償で何かをするのはほとんどの場合、自分の中に理由があるからだ。それは楽しいからであり、何かを言いたいから、注目を集めたいから自分の考えを広めたいからでありほかにも無数の個人的理由がある。
 
深い内容だと思います。
 
不正コピーは事実上、中国のすべての産業に及んでいる。それにはこの国の発展状況や法制度も関係しているし、さらに儒教では、他人の作品をまねることは敬意の表明であり、教育の基本になるという知的財産に対する考え方がある(アメリカで学ぶ中国人留学生に模倣の何が悪いのかを説明するのに苦労することは多い。師のまねをすることは、中国では学ぶことの中心にあるからだ)。
 
慣習の違いというのは大きいですね。どの慣習が正しいかは誰も判断できない。とすると、コンセンサスをとっていくことが重要になる。コンセンサスをとることになるのだから、一方的な押し付けはよくない。相手側の利益も考え、相手側の立場を尊重していくことが重要。中国の知財への考え方への対処はこのあたりを前提にしていかないと駄目だと思います。
 
「読者が何章か読む可能性があればかならずあとでその本を買てくれると私は思いました」。コエーリョはインタビューでこう語っている。「作者の究極の目的は読んでもらうことです。お金はそのあとです」
 
この考え方は、Googleにも通じているような気がします。
 
フリーは魔法の弾丸ではない。無料で差し出すだけでは金持ちにはなれない。フリーによって得た評判や注目を、どのように金銭に変えるかを創造的に考えなければならない。その答えはひとりずつ違うはずだし、プロジェクトごとに違うはずだ。その答えがまったく通用しないときもあるだろう。それは人生そのものとまったく同じだ。ただひとつわからないのは、失敗の原因が自分の貧困な想像力や失敗への恐れにあるのに、それをフリーのせいにする人がいることだ。
 
フリーだけではダメで、フリーを生かすも殺すも、自分の創造力次第なんですね。
 
最後に「無料のルール」と目次を掲載しておきます。
良書ですので、ぜひ、実際に手にとって読んでみてください。
 
 
■無料のルール
 1.デジタルのものは、遅かれ早かれ無料になる
 2.アトムも無料になりたがるが、力強い足取りではない
 3.フリーは止まらない
 4.フリーからもお金儲けはできる
 5.市場を再評価する
 6.ゼロにする
 7.遅かれ早かれフリーと競いあうことになる
 8.ムダを受け入れよう
 9.フリーは別のものの価値を高める
 10.稀少なものではなく、潤沢なものを管理しよう

 
■目次
 
プロローグ
第1章 フリーの誕生
 無料とは何か?
第2章 「フリー」入門
 -- 非常に誤解されている言葉の早わかり講座
第3章 フリーの歴史
 -- ゼロ、ランチ、資本主義の敵
第4章 フリーの心理学
 -- 気分はいいけど、よすぎないか?
 デジタル世界のフリー
第5章 安すぎて気にならない
 -- ウェブの教訓=毎年価格が半分になるものは、かならず無料になる
第6章 「情報はフリーになりたがる」
 -- デジタル時代を定義づけた言葉の歴史
第7章 フリーと競争する
 -- その方法を学ぶのにマイクロソフトは数十年かかったのに、ヤフーは数ヶ月ですんだ
第8章 非収益化
 -- グーグルと二一世紀型経済モデルの誕生
第9章 新しいメディアのビジネスモデル
 -- 無料メディア自体は新しくない。そのモデルがオンライン上のあらゆるものへと拡大していることが新しいのだ
第10章 無料経済はどのくらいの規模なのか?
 -- 小さなものではない
 無料経済とフリーの世界
第11章 ゼロの経済学
 -- 一世紀前に一蹴された理論がデジタル経済の法則になったわけ
第12章 非貨幣経済
 -- 金銭が支配しない場所では、何が支配するのか
第13章 (ときには)ムダもいい
 -- 潤沢さの持つ可能性をとことんまで追究するためには、コントロールしないことだ
第14章 フリー・ワールド
 -- 中国とブラジルは、フリーの最先端を進んでいる。そこから何が学べるだろうか?
第15章 潤沢さを想像する
 -- SFや宗教から、〈ポスト稀少〉社会を考える
第16章 「お金を払わなければ価値のあるものは手に入らない」
 -- その他、フリーに対する疑念あれこれ
結び -- 経済危機とフリー
巻末付録(1):無料のルール
 -- 潤沢さに根ざした思考法の10原則
巻末付録(2):フリーミアムの戦術
巻末付録(3):フリーを利用した50のビジネスモデル
日本語版解説(小林弘人)
 

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動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
4863240120 動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか
福岡 伸一
木楽舎 2009-02-17


先日、ある技術セミナーに参加した際に、パネリストとして登壇されていた分子生物学者の福岡伸一・青山学院大学教授が面白い人だったので、その著書を読んでみることにした。
 
福岡教授は、動的平衡の状態にある人間の記憶について以下のように説明している。
 
私たちが鮮烈に覚えている若い頃の記憶とは、何度も想起したことがある記憶のことである。あなたが何度もそれを思い出し、その都度いとおしみ、同時に改変してきた何かのことなのである。
ではいったい記憶とは何だろうか。細胞の中身は、絶え間のない流転にさらされているわけだから、そこに記憶を物質的に保持しておくことは不可能である。それはこれまで見てきたとおりだ。ならば記憶はどこにあるのか。
それはおそらく細胞の外側にある。正確にいえば、細胞と細胞とのあいだに。
 
私たちが今、この目で見ている世界はありのままの自然ではなく、加工され、デフォルメされているものなのだ。デフォルメしているのは脳の特殊な操作である。・・・ことさら差異を強調し、わざと不足を補って観察することが、・・・長い進化の途上、生き残るうえで有利だったからだ。
 
ずっと忘れていたにもかかわらず、回路の形はかつて作られた時と同じ星座となってほの暗い脳内に青白い光をほんの一瞬、発する。
たて、個々の神経細胞の中身のタンパク質分子が、合成と分解を受けてすっかり入れ替わっても、細胞と細胞とが形作る回路の形は保持される。
いや、その形すら長い年月のうちに少しずつ変容するかもしれない。しかし、おおよその星座のかたちはそのまま残る。
 
分子レベルにおいては、常に生まれ変わっている我々の身体において、忘れない記憶はどのように「記録」されているのか、その仕組みを垣間見ることができた。ただ、この分野は未知のことが多く、現在も研究が進んでいるようなので、今後の研究成果の発表に期待したい。
 
「体調や肌の調子が悪いのには何かが不足しているからだ。だからそれを補給しなければならない」―私たちはしばしばこのような欠乏の強迫観念にとらわれがちである。
最近、よく宣伝されているものにコラーゲンがある。コラーゲンを添加された食品の中には、ご丁寧にも「吸収しやすいように」わざわざ小さく細切れにされた「低分子化」コラーゲンというものまである。
コラーゲンは、細胞と細胞の間隙を満たすクッションの役割を果たす重要なタンパク質である。肌の張りはコラーゲンが支えているといってもよい。
ならば、コラーゲンを食べ物として外部からたくさん摂取すれば、衰えがちな肌の張りを取り戻すことができるだろうか。答えは端的に否である。
食品として摂取されたコラーゲンは消化管内で消化酵素の働きにより、ばらばらのアミノ酸に消化され吸収される。コラーゲンはあまり効率よく消化されないタンパク質である。消化できなかった部分は排泄されてしまう。
一方、吸収されたアミノ酸は血液に乗って全身に散らばっていく。そこで新しいタンパク質の合成材料になる。
しかし、コラーゲン由来のアミノ酸は、必ずしも体内のコラーゲンの原料とはならない。むしろほとんどコラーゲンにはならないと言ってよい。
なぜなら、コラーゲンを構成するアミノ酸はグリシン、プロリン、アラニンといった、どこにでもある、ありきたりなアミノ酸であり、あらゆる食品タンパク質から補給される。また、他のアミノ酸を作り替えることによって体内でも合成できる、つまり非・必須アミノ酸である。
もし、皮膚がコラーゲンを作り出したいときは、皮膚の細胞が血液中のアミノ酸を取り込んで必要量を合成するだけ。コラーゲン、あるいはそれを低分子化したものをいくら摂っても、それは体内のコラーゲンを補給することにはなりえないのである。
食べ物として摂取したタンパク質が、身体のどこかに届けられ、そこで不足するタンパク質を補う、という考え方はあまりに素人的な生命観である。
 
ついでに言うと、巷間には「コラーゲン配合」の化粧品まで氾濫しているが、コラーゲンが皮膚から吸収されることはありえない。分子生物学者の私としては「コラーゲン配合」と言われても「だからどうしたの?」としか応えようがない。
もしコラーゲン配合の化粧品で肌がツルツルになるなら、それはコラーゲンの働きによるものではなく、単に肌の皺をヒアウロン酸や尿素、グリセリンなどの保湿剤(ヌルヌル成分)で埋めたということである。
私たちがこのような健康幻想に取り憑かれる原因は何だろうか。そこには「身体の調子が悪いのは何か重要な栄養素が不足しているせいだ」という、不足・欠乏に対する強迫観念があるように思える。
そして、その背景には、生命をミクロな部品が組み合わさった機械仕掛けと捉える発想が抜き差しがたく私たちの生命観を支配していることが見て取れる。
健康を、強迫観念から解放し、等身大のライフ・スタイルとして取り戻すためには、私たちの思考を水路づけしてきた生命観と自然観のパラダイム・シフトが必要なのである。
 
この説明にも驚きを隠せなかった。これが本当であれば、巷に溢れかえっている健康商品・化粧商品などの位置付けはどのようになるのだろうか。
この福岡教授の考え方にはいろいろと異論があるようだが、福岡教授の説明を素直に聞いている限り、真実のような感じを受ける。
 
普通、ある種の生物に感染できる病原体は、別の種を宿主とすることができない。鍵が合わないからである。・・・ヒトの病気はヒトにうつる。ヒトを食べるということは、食べられるヒトの体内にいた病原体をそっくり自分の体内に移動させることである。その病原体はヒトの細胞に取りつく合鍵を持っているのだ。だから、ヒトはヒトを食べてはならない――。
 
この説明も面白かった。関心した。ヒト(生物)が自然と行っていること、本能的に行っていることにはやはり意味が存在するのだろう。
 
私たちの生命を構成している分子は、プラモデルのような静的なパーツではなく、例外なく絶え間ない分解と再構成のダイナミズムの中にあるという画期的な大発見がこのときなされたのだった。まったく比喩でなく、生命は行く川のごとく流れの中にあり、私たちが食べ続けなければならない理由は、この流れを止めないためだったのだ。そして、さらに重要なのは、この分子の流れが、流れながらも全体として秩序を維持するため、相互に関係性を保っているということだった。個体は、感覚としては外界と隔てられた実体として存在するように思える。しかし、ミクロのレベルでは、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかないのである。
 
生体を構成している分子は、すべて高速で分解され、食物として摂取した分子に置き換えられている。・・・だから、私たちの身体は分子的な実体としては、数ヶ月前の自分とはまったく別物になっている。分子は環境からやってきて、一時、淀みとして私たちを作り出し、次の瞬間にはまた環境へと解き放たれていく。
 
これだけ機械社会になると、人間や生物の身体も機械論的に考えがちであるが、それを抑えるような考え方です。純粋な生物学者ならではの考え方といえるかもしれない。
 
新たなタンパク質の合成がある一方で、細胞は自分自身のタンパク質を常に分解して捨て去っている。・・・合成と分解との動的な平衡状態が「生きている」ということであり、生命とはそのバランスの上に成り立つ「効果」であるからだ。
 
ここで私たちは改めて「生命とは何か?」という問いに答えることができる。「生命とは動的な平衡状態にあるシステムである」という回答である。 そして、ここにはもう一つの重要な啓示がある。それは可変的でサスティナブルを特徴とする生命というシステムは、その物質的構造基盤、つまり構成分子そのものに依存しているのではなく、その流れがもたらす「効果」であるということだ。生命現象とは構造ではなく「効果」なのである。
 
生命とは、構造ではなく、効果である。至極納得です。例えば、小石も人間も、原子や分子が集まっているだけなのに、活動の有無が存在するのは、まさしく、構造にミソがあるのではなく、効果の部分に差異があるからなのです。
この説明は、私自身の生命観を大きく変えたように思います。
 
総じて、この本は読んでよかったです。久しぶりに刺激的な本に出会えた感じがします。
みなさんもぜひ読んでみてください。


 

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生物と無生物のあいだ
4061498916 生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)
福岡 伸一
講談社 2007-05-18


先日、ある技術セミナーに参加した際に、パネリストとして登壇されていた分子生物学者の福岡伸一・青山学院大学教授が面白い人だったので、その著書を読んでみることにした。
 
福岡教授は、生命の姿について以下のように述べている。
 
生物が生きている限り、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質もともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。
 
肉体というものについて私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子レベルではその実感は全く担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。断食した場合、外部からの「入り」がなくなるものの、「出」は継続される。身体はできるだけその損失を食い止めようとするが「流れ」の掟に背くことはできない。私たちの体のタンパク質は徐々に失われていってしまう。したがって飢餓による生命の危機は、エネルギー不足のファクターよりもタンパク質欠乏によるファクターの方が大きいのである。エネルギーは体脂肪として蓄積でき、ある程度の飢餓に備えうるが、タンパク質はためることができない。シェーンハイマーは言っている。《生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である》
 
生命とは動的平衡にある流れである。生命を構成するタンパク質は作られる際から壊される。それは生命がその秩序を維持するための唯一の方法であった。しかし、なぜ生命は絶え間なく壊され続けながらも、もとの平衡を維持することができるのだろうか。その答えはタンパク質のかたちが体現している相補性にある。生命は、その内部に張り巡らされたかたちの相補性によって支えられており、その相補性によって、絶え間のない流れの中で、動的な平衡状態を保ちえているのである。
 
よく私たちはしばしば知人と久闊を叙するとき、「お変わりありませんね」などと挨拶を交わすが、半年、あるいは一年ほど会わずにいれば、分子のレベルでは我々はすっかり入れ替わっていて、お変わりありまくりなのである。かつてあなたの一部であった原子や分子はもうすでにあなたの内部には存在しない。
 
これには正直驚きました。日々生まれ変わっていく姿がよく見える皮膚や髪の毛、爪などは想像できても、脳や心臓含め、自分の身体すべてが日々、流れの中にあって、常に変化し、動的平衡を保持しているとは、まったくイメージできていませんでした。
 
さまざまな分子、すなわち生命現象をつかさどるミクロなジグソーピースは、ある特定の場所に、特定のタイミングを見計らって作り出される。そこでは新たに作り出されたピースとの間に、形の相補性に基づいた相互作用が生まれる。その相互作用は常に離合と集散を繰り返しつつネットワークを広げ、動的な平衡状態を導き出す。一定の動的平衡状態が完成すると、そのことがシグナルとなって次の動的平衡状態へのステージが開始される。
この途上の、ある場所とあるタイミングで作り出されるはずのピースが一種類、出現しなければどのような事態が起こるだろうか。動的な平衡状態は、その欠落をできるだけ埋めるようにその平衡点を移動し、調節を行おうとするだろう。そのような緩衝能が、動的システムの本質だからである。平衡は、その要素があれば、それを閉じる方向に移動し、過剰があればそれを吸収する方向に移動する。
 
通常、ジグソーピースがなくなれば、その欠落状態がずっとそのまま続くと思いがちだが、生命という動的システムでは、平衡という基準に基づいて、自由自在・臨機応変に対応し、その穴を埋めていく。まったくもって神秘としかいいようがない。
 
生命現象もすべては物理の法則に帰順するのであれば、生命を構成する原始もまた絶え間のないランダムな熱運動(ここに挙げたブラウン運動や拡散)から免れることはできない。つまり細胞の内部は常に揺れ動いていることになる。それにもかかわらず、生命は秩序を構成している。その大前提として、"われわれの身体は原始にくらべてずっと大きくなければならない"というのである。平均から離れてこのような例外的なふるまいをする粒子の頻度は、平方根の法則(ルートnの法則)と呼ばれるものにしたがう。つまり、百個の粒子があれば、そのうちおよそルート100、すなわち十個程度の粒子は、平均から外れたふるまいをしていることが見出される。これは純粋に統計学から導かれることである。
では、生命体が百万個の原始から構成されているとすればどうだろうか。平均から外れる粒子数はルート100万、すなわち1000となる。すると誤差率は、1000÷100万=0.1%となり、格段に下がる。実際の生命現象では、百万どころかその何億倍もの原子と分子が参画している。
生命体が、原子ひとつに比べてずっと大きい物理学上の理由がここにあるとシュレーディンガーは指摘したのである。
 
中学生か高校生の頃に、同じような疑問をいただいたことがあって、当時はネットがなく、専門書を調べる能力・気力もなかったため、そのままに残っていたが、この話しを読んで、大きく頷いた。
ただ、「平方根の法則」については自分の中ではまだ「なぜ?」という気持ちがあるので、これから調べてみようと思います。
 
生きている生命は絶えずエントロピーを増大させつつある。つまり、死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいていく傾向がある。生物がこのような状態に陥らないようにする、すなわち生き続けていくための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピー=秩序を取り入れることである。実際、生物は常に負のエントロピーを“食べる”ことによって生きている。
 
生きること、死ぬこと、食べること、の生物学的な意味がよくわかる説明です。
なぜ、生物は食べ続けなければならないのか、というのは、やはり幼い頃に抱いたことのある疑問のひとつでしたが、今回、解決しました。
 
機械には時間がない。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。
生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折り畳まれ、一度折り畳んだら二度と開く事のできないものとして生物はある。生命はどのようなものかと問われれば、そう答えることができる。
 
動的平衡である生物には、不可逆な時間の流れがあり、一度折りたたんだら二度と解くことはできない。
 
機械論への反論です。このあたりはいろいろと議論があるようなのですが、私は福岡教授の考え方に賛成です。
生命とは何か、生物とは何か、を理解できるような感じがします。

総じて、この本は読んでよかったです。久しぶりに刺激的な本に出会えた感じがします。
みなさんもぜひ読んでみてください。
 

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仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法
4492555552 仮説思考 BCG流 問題発見・解決の発想法
内田 和成
東洋経済新報社 2006-03-31


論点思考の著者の別著書です。
 

『何も実行しないことが大きなリスクになる今日、いつまでも選択肢を拡げる情報収集を続けて意思決定のタイミングを遅らせるわけにはいかない。網羅的に情報を収集するのではなく、限られた情報をもとに、仮説思考によって最適な意思決定をすべきなのだ。』

『意外に思うかもしれないが、頭のよい人が多い企業、たとえば伝統的大企業ほど網羅的思考の傾向が強い。結果として理屈先行で、意思決定に時間がかかったり、人の提案にはまず批判やあら探しから入る傾向がある。もちろん本人は悪気があるわけではなく、完璧を期しているつもなので、余計たちが悪い。コンサルタントをやっていてだめな企業だなと感じるのは、この手の企業だ。』


これはかなり痛いところをついていると思います。
私のいる企業なんかまさしくダメな企業にあたるような気がします。(私も含めて)
これは今後、肝に銘じないといけないなと痛感しました。
 

『なぜ問題の答えが直感的にわかるかといえば、それは仮説と検証の経験によるものだ。よい仮説は経験に裏打ちされた直感から生まれる。仮説を立てるには経験を積むことが大切だ。少ない情報でよい仮説を立てられるようになるには、経験を重ねるしかない。どんどん仮説を立て、間違っていたら別の仮説を立てる。間違った仮説を立ててしまった場合には、次からは違う要素も加えて仮説を立てることを試みて、仮説を進化させていく。よければその仮説をさらに進化させる。これを繰り返しトレーニングすることだ。』


仮説を立てる大切はよくわかるのだが、よい仮説を立てられるようになるためにはどうすればよいのか、これが皆知りたいとこだと思う。
本書では、経験を積むしかない、ということになっている。
もう一つ突っ込んだ解説かあったらいいなぁと感じた。

「So What?」(最低5回)、「なぜ」の繰り返しを日常的に行うことによって、仮説思考力が磨かれていく、とのことで、この方法は一般的によく言われる手法だが、なかなか取り組めてないので、これからはあらためて、意識して実践していきたいと思う。

 

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実践!ビジョナリーカンパニーへの教科書
4798022039 実践!ビジョナリーカンパニーへの教科書
小倉 広
秀和システム 2009-03


れっくす。さま!の読書録を読んで、本書を読んでみました。

確かに、教科書と名打っているだけあって、読みやすく、頭に入ってくるような気がするのですが、元となったコリンズ先生の「ビジョナリー・カンパニーほど腹落ち感がしなかったのは何故だろうか。

要因はいくつかあるかもしれませんが、解説で取り上げられている事例が身近なものに感じられないことが大きい気がしました。少なくとも私には。

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カーネギー 心を動かす話し方―一瞬で人を惹きつける秘訣
4478770212 カーネギー 心を動かす話し方―一瞬で人を惹きつける秘訣
デール カーネギー 山本 悠紀子
ダイヤモンド社 2006-02


世にある自己啓発本の多くはカーネギーの著書に基づき書かれていると言われています。

本書は、「話し方」にフォーカスした内容になっています。
カーネギーが始めた「話し方教室」におけるトレーニング・コースの内容から生まれたのが本書とのことです。

私自身、大勢の前で、スピーチやプレゼンをすることには慣れているので、緊張しないということはないですが、きちんと伝わるように話したい、皆が賛同するように話したい、という希望があります。

本書はこの希望を叶える手助けになるのではないかと思い、読んでみました。

すべてがすべて私自身に通じるかというと疑問に思う部分もありますが、感服した点については、座右の銘にしたいと思います。

以下、気になった原則について記します。

第3章 簡単で効果的な話し方
・経験や学びを通して得たものについて話す
 ・みずからが心をかきたてられる主題を選ぶ
 ・聴衆にぜひ聞いてもらいたい話をする

第4章 聴衆の関心を引く話し
・実例をたくさん使う
・映像が浮かぶような具体的な言葉を使う

第5章 生き生きした話し手となる
・感情を再現する

第7章 聞き手に行動をおこさせる短い話
・聴衆にしてほしい行動を要点として述べる
・聴衆が期待している理由や利益を示す
 
第8章 知識や情報を提供する話
・よく知られているものに喩える
 
第9章 心をつかむ話
・受け入れムードを醸成する
・聴衆に敬意と愛情を示す
 
第10章 聞き手を楽しませる即興の話
・すぐ実例を使って話し始める
・即席でなく即興の話をする


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人を動かす 特装版
4422100459 特装版 人を動かす
D・カーネギー 山口 博
創元社 2007-03-28


デール・カーネギーの古い本ではありますが、内容的には現代にも通ずる普遍的なものがあります。
日本で430万部、世界で1500万部以上の売上だそうです。

世の中の自己啓発本のほとんどは、このカーネギーの著書や考え方を基本にしているので、読んでおく価値はあると思います。

ところどころ作為的すぎるように感じる部分があるのですが、日本人の感覚だからなのかもしれません。
このぐらい恥ずかしがらず、大げさに、明示的に取り組んでいかないと、身に付かないのだと思います。

各節の最後のまとめのところだけ以下に取り上げました。

すべての項目が重要とは思いませんが、自分の心に響いたものは、都度、見返して、日常に取り入れていきたいと思います。

【人を動かす三原則】
  1. 批判も非難もしない。苦情もいわない。
  2. 率直で、誠実な評価を与える。
  3. 強い欲求を起こさせる。
 
【人に好かれる六原則】
  1. 誠実な関心を寄せる。
  2. 笑顔で接する。
  3. 名前は、当人にとって、最も快い、最も大切なひびきをもつことばであることを忘れない。
  4. 聞き手にまわる。
  5. 相手の関心を話題にする。
  6. 重要感を与える──誠意をこめて。
 
【人を説得する十二原則】
  1. 議論に勝つ唯一の方法として議論を避ける。
  2. 相手の意見に敬意を払い、誤りを指摘しない。
  3. 自分の誤りをただちにこころよく認める。
  4. おだやかに話す。
  5. 相手が即座に"イエス"と答える問題を選ぶ。
  6. 相手にしゃべらせる。
  7. 相手に思いつかせる。
  8. 人の身になる。
  9. 相手の考えや希望に対して同情を持つ。
  10. 人の美しい心情に呼びかける。
  11. 演出を考える。
  12. 対抗意識を刺激する。
 
【人を変える九原則】
  1. まずほめる。
  2. 遠回しに注意を与える。
  3. まず自分の誤りを話した後、注意を与える。
  4. 命令をせず、意見を求める。
  5. 顔を立てる。
  6. わずかなことでも、すべて、惜しみなく、心からほめる。
  7. 期待をかける。
  8. 激励して、能力に自信をもたせる。
  9. 喜んで協力させる。
 
【幸福な家庭をつくる七原則】
  1. 口やかましくいわない。 
  2. 長所を認める。
  3. あら探しをしない。
  4. ほめる。
  5. ささやかな心づくしを怠らない。
  6. 礼儀を守る。
  7. 正しい性の知識を持つ。


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ビジョナリー・カンパニー
4822740315 ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則
ジェームズ・C. コリンズ ジェリー・I. ポラス James C. Collins
日経BP社 1995-09


『すばらしいアイデアを持っていたり、すばらしいビジョンを持ったカリスマ的指導者であるのは、「時を告げること」であり、ひとりの指導者の時代をはるかに超えて、いくつもの商品のライフサイクルを通じて繁栄し続ける会社を築くのは、「時計をつくること」である。』

ついつい会社をよくしていこうと思うと、自分が「時を告げる」人になろうとしたり、そういう人を探し出そうとしがちであるが、それでは、会社の繁栄は続かない。しっかりとした「時計をつくること」ができれば、メンテナンスを怠らない限り、会社はうまく生き続ける。

ビジョナリー・カンパニーの創業者のほとんどは時を告げるタイプではなく、時計をつくるタイプであった、とのこと。
この事実には少々驚いた。創業者はときを告げるタイプで、その後、時計をつくることができた、と考えていたから。

ビジョナリー・カンパニーは、

『「ORの抑圧」に屈することなく、「ANDの才能」によって、自由にものごとを考える。「ANDの才能」とは、さまざまな側面の両極にあるものを同時に追求する能力である。AかBのどちらかを選ぶのではなく、AとBの両方を手に入れる方法を見つけ出すのだ。』

こういった選択は、会社の業務において、様々な場面で登場する。重要案件があれば、些細な案件もあるが、いずれにしても、ついついORで考えてしまう。今後はなんとかANDになるような道を見つけられるよう努力してみたい。

『基本理念=基本的価値観+目的』
『基本的価値観=組織にとって不可欠で不変の主義。いくつかの一般的な指導原理からなり、文化や経営手法と混同してはならず、利益の追求や目先の事情のために曲げてはならない。』
『目的=単なるカネ儲けを超えた会社の根本的な存在理由。地平線の上に永遠に輝き続ける道しるべとなる星であり、個々の目標や事業戦略と混同してはならない。』

非常にわかりやすい定義である。
目的のところは、ついつい個々の目標や事業戦略と思いがちである。

最後に、四つの概念:


『・時を告げる予言者になるな。時計をつくる設計者になれ。
・「ANDの才能」を重視しよう。
・基本理念を維持し、進歩を促す。
・一貫性を追求しよう。』

でまとめられていたが、今後の業務、会社人生において、常に意識していきたい。
と同時に、これが、自分にとって、唯一無二正しいことではないかもしれないので、これをベースに自分の概念というものも追い求めてみたい。


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これからも知財のスペシャリストになるべく、勉強続けていきます!
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■2008年11月
 弁理士試験合格
■2009年4月
 弁理士登録
■2011年2月
 特定侵害訴訟代理業務
 付記登録

■2008年12月
 1級知的財産管理技能士
■2005年3月
 電気通信主任技術者
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